食の記憶(コラム)

男子ごはん

男子ごはんからケンタロウが降板するとの発表があったのは
たしか三週間くらい前。栗原心平が引き継ぐそうです。
交通事故後は料理研究家仲間の栗原心平、コウケンテツが登場したり、
岡村隆史や蒼井優と豪華ゲストがつないだり、今日は栗原はるみが出ておりました。
それを見る度に「ケンタロウもどってきて」と思うのです。

どの方もおいしいレシピを紹介してくれるし、
太一くんはいつもかわらず明るく楽しいし、番組の作りも変わったわけじゃない。
でも「やっぱりケンタロウが良いんだよな~」とつぶやきたくなる。
正直に言って、ケンタロウの本は一冊も持っていないし、
レシピとしては栗原はるみ、有元葉子や飛田和緒の方が重宝しています。
でもそんなことは全く関係なく、ケンタロウと太一の男子ごはんが好きだった。
「他の誰でもなかったんだな~」と思うのです。

日曜の昼前、だいたい気持ちはダレダレです。
一週間の疲れもあいまって、前日の映画の初日で大コケでいじけていたり、
飲みすぎてぼーっとしていたり、寝坊してふらふらしている
そんな日曜の朝、サンデージャポンが終わるとテレビ東京に
チャンネルをかえる。すると二人が楽しそうに料理を作ってくれるわけです。
旬のものはもちろん、男って料理や、酒のつまみだったりと
簡単なものから少し手の込んだものまで。
おおざっぱすぎず、繊細過ぎないちょうどよい具合。

料理をする気なんてまったくなかったダレた気持ちから
「今晩何つくろうかな?」という気になるそんんな感じ。
この時間の、この具合が絶妙だったのです。
あー、もう見ることができないと思うとなんともさびしい。
すこし時間はかかるとは思うけれど、
いつかやっぱり料理をつくるケンタロウが、テレビに戻ってきてほしいなぁ。

おばあちゃんの味

おばあちゃんにご飯を作ってもらった記憶はほとんどありませんが、

おばあちゃんの味と言えるものがあります。それが漬物と梅酒。

実家に来る時は季節ごとにいろんな漬物を持ってきてくれました。

白菜漬け、大根が干して細かく刻んだはりはり漬けに、蕪の漬物。

鷹の爪がピリッときいていたり、一緒に刻む昆布がまた美味しい。

どれもご飯をもっと食べたくなる抜群のご飯の友です。

梅酒はと言えば甘さが控えめで、それでいてコクがある。

毎年つけているから、前の年につけたものはより深みがあって楽しめるわけです。

梅だけで食べても、また美味しいんです。

この梅酒を飲んで育ったもので、市販の梅酒は甘すぎて口にあいません。

数年前にこの味を受け継ごうと、祖母に漬物の作り方を教えてと頼んだのですが

返ってきた言葉は「もう無理なのよ。お気に入りの昆布のお店がつぶれたから」

と一言。他の昆布で良いから作り方をと頼んでみても「あの昆布でないと」の

一点張りでありました。こういうところは本当に頑固なんですよ。

私がよく作るのは、ピクルスとなます。ここに白菜漬け、はりはり漬け、

蕪の漬物が入れば完璧なのにと思うわけですが・・・。

気が変わってくれないものかな~

味覚を育てる

昨夜、六本木の「一億」で豆腐ステーキと牡蠣ごはんを食べながら、

この味を教えてくれたのは、契約社員で働いていた時の上司だったと

しみじみと思い出しました。

子供の頃の味覚は母親が育ててくれたと思います。毎日いろんな手料理が

食卓に並び、その頃はあまり気づきませんでしたが、

うちの食卓には普通の家では食べないものがたくさん登場していました。

私の大好物だったペルー風ごはんとイカの墨煮はもちろん、

ピロシキや花しゅうまい、ミートローフに角煮・・・あげると切りがありません。

子供用の甘口のものとか出た覚えがないのです。

そして、大人になってからの味覚は映画業界に入った13年前からの上司や

仕事先の先輩方に育ててもらったと思います。朝から晩までよく働いた分、

たくさん美味しいもの、美味しいお酒を教えてくれました。

表参道、赤坂、原宿、四谷三丁目、新宿御苑前、六本木一丁目・・・

通う会社がかわると店もかわり、好みも変わる。

サンギュプサルをごま油で食べた時の驚きや、玉チレを食べた時の衝撃、

「莢」のお兄さんの見事な手せばき、船の上であびるほど飲んだワイン。

初めて美味しいと思ったウィスキー、丸の内で食べたフォアグラと豚肉・・・

次々と思い出されて、これまたあげると切りがありません。

そしてずいぶんと時が経ち、今はちゃんと自分のお金で美味しいものを食べる

楽しみを覚えました。やっぱりお酒は自分のお金で飲むのが一番美味しい。

たくさん食べさせてくれた先輩方に感謝して、後輩たちに美味しいものを

ごちそうしたり、作ってあげたりしています。そういう循環は大事だな。

今は偏食の人も多いし、食べ物ならなんでもいいという人も多いけれど、

そんな人生絶対につまらない。コンビニ菓子の美味しさ比べなんてしなくていい!

味覚は生きる時代に合わせて、自分で育てていくものだなと感じた

六本木の夜でした。

クリスマスの想い出

12月がやってきました。

子供の頃の一大イベントといえばクリスマスパーティでした。

普通の家では誕生日パーティを友達を招いてやっていましたが、

うちは何しろ四人兄弟なので、そうなると年四回。それは大変ということなのか、

年に一回だけ四人兄弟の友達を一人につき5~6人呼んでの

大イベントが開催されていました。

クリスマスといえばケンタッキーフライドチキンなんて家も多いようですが、

うちのチキンは丸ごと一羽。中にはご飯と人参やレバーなんかを炒めたものが

詰めてあって、みんなでどこの部分が食べたいとか、皮もつけてなんて

いいながら食べるのが楽しかった。あと、お気に入りはミートローフ。

しかもミートローフのまわりにはマッシュポテトがかぶせてあるのです。

しかも切るとゆで卵が入っている。思い出すだけでたまらんです。

ケーキはといえば、切り株型のロールケーキ、ブッシュ・ド・ノエル。

サンタとかのせないで、いつもあのお菓子の定番「きのこの山」と

「たけのこの里」をのせて飾り付けをしていました(笑)

帰りのお土産はみんなで行うプレゼント交換のプレゼント、

そして母と一緒に作ったクッキーでした。ステッキや靴下、ツリー、顔などの

いろんな形のクッキーを作って、それを5つくらい針金で縦につないで

部屋の中に飾るんです。それをお土産にみんなに配ったわけです。

今思い出すだけでも懐かしい気持ちになります。

よくあんなに手間のかかることを母はやってくれたものです。

飾り付けから何から何まで本当に手作りでしたが、

満点のパーティでした。感謝、感謝。

ごりごりごりごり

胡麻をするのが好きです。料理のほうですよ(笑)

ごりごりやっているとなんだか幸せな気持ちになる。

美味しいものが徐々にできてくる過程を身体で味わえるというか。

胡麻はそのままでも美味しいけれど、半摺りにしたり、

細かく摺ったりと加減次第で味も口ざわりも変わって楽しめるわけです。

実家を出たときにもらった小さなすり鉢を使ってきたのですが、

もっと豪快なすり鉢をずっと探していたのです。

そして今日、ついに出会ってしまいました。

090606 直径25センチもある豪快なすり鉢です。

つや消しの色合いが絶妙なんです。

すりこぎもセットで購入。ごりごりごりごりするのを

楽しみに帰って作ったのは

090606_2 ごぼうとにんじんの胡麻和えです。

この組み合わせといえば、きんぴらですが

今日はどうしても胡麻和えが食べたかったので

少量の油でごぼうと人参を念入りに炒めて酒で味付け。

すり鉢で胡麻を細かく摺って、砂糖と白しょうゆを加えて混ぜる。

ごぼうと人参を加えて、豪快に混ぜる。すり鉢についた合え衣を

残らずあえて、そのまま器として使えちゃいます。

これだけ器が大きいとたくさん人を呼んでどーんと出したくなります。

夏にはこれで冷汁を作りたいものです。

器始め

子供の頃の料理の記憶をたどってみると、味の記憶と一緒に

入っていた器も思い出します。

グラタンが入っていた焦げがいっぱいの耐熱ガラスの器、

きのこパイのスープが入っていたベージュに白の水玉のカップ、

お節が入った黒と金の重箱・・・などあげれば色々あります。

使い古しているので年期が入っているし妙に愛着がある。

一人暮らしを始めた頃は、実家にある使っていない食器をもらったり、

引き出物の器とか、もらったものがほとんど。お金もなかったですしね。

そんなわけで、今年から器を始めることにしました。

とは言え、わりとこだわるタイプなので最近いろんなところで

器を探していたのですが、買うところまで行かない。

重みだったり、手触りだったり、厚みだったり、

なんか最後の一歩が踏み出せなかったのです。

でも、今日やっと青山のyuyujinで出会ってしまいました。

090123 一つ目は島根県の出西焼きのどんぶり。

外側はつや消しのこげ茶のような黒のような。

内側は深い青。一目ぼれです。

カラフルな野菜を入れたらどうなるだろう?

090123_2 二つ目は兵庫県の丹波焼きのどんぶり。

内側のうずまきに愛嬌があります。

白い器は料理がはえるのでいいのですが

味気なかったり、ツヤがやすっぽかったりしますが

これはちょうどいい具合。この器に何が似合うかと思って

作る料理ってのもいいですね。

090123_3 もうひとつ、一つ250円のスプーン置きも。

もちろん、箸置きにもなります。

もう一色黄緑があったのですが、ちょっと色が気になり

買わなかったのですが、並べてみたら5つあったほうがいいような・・・。

この器にいつか料理の想い出ができるでしょうか。

これから少しずつ歴史をつんでいきましょう。

大晦日のお仕事

一年の終わりの大晦日。

大掃除は朝から、忘れていた年賀状を急いで書いたりと

なかなか忙しい一日です。

子供の頃から私には重要な大晦日の仕事がありました。

それはというと「裏ごし」です。

毎年、母は金と黒のモダンな三段の重箱にお節を作るのです。

その中でも一番人気といえば「栗きんとん」であります。

今も昔も変わりありません。とろっとやわらかなサツマイモに

包まれた栗の味わいは、いつ食べても顔がほころぶものです。

この美味しさを生むには、やわらかく煮たサツマイモを

ただひたすら裏ごしするという地味な作業が絶対に必要なのです。

裏ごし器の上にサツマイモを置いて、木ベラでこす。

かなり単純な作業ですが、何しろ根気が必要なんです。

意外と力もいります。何個かサツマイモがなくなったら

裏返してみると、繊細な姿になったサツマイモが!

それをボールに移して、また裏ごし。とにかく裏ごし。

お正月にお重を開けた時に「これは私が作ったの」というのが

自慢だったのですね(全部作っていませんが)。

子供の頃は「裏ごし」だけでしたが、少し大きくなった頃には

栗きんとん全体を任されて昇格したりして。

なんどか手間を省こうとマッシュポテトを作るマッシャーで作ったことも。

今年は「ブレンダーを使えば?」と誘惑されましたが、断固拒否。

やっぱりあのなめらかな口当たりと美味しさは

地味な作業「裏ごし」があってこそ。

そしてもう一つ、この「裏ごし」が重要なのは私の一番と得意なお菓子

「スフレチーズケーキ」です。クリームチーズの「裏ごし」もかなり地味。

でもあのふわっとした膨らみと舌触りには絶対にこの作業は省けないと

確信しているのであります。

道具はどんどん便利になりますが、簡単に美味しいのもいいですが

手間をかけた美味しさってのは、また格別なものなのです。

あの味は忘れない

今週、ついに糠漬けにカビが生えました。

去年の8月19日に糠床を作って以来、1年1ヶ月。

糠床を混ぜては色んなものを漬けてきました。

最初は辛かったけれど、どんどん楽しくなって、味が日増しに

美味しくなっていくのは至福の喜びに。

数ヶ月前に落ち込んだことがあって、何にもする気になれず

一週間ちかく放置した時もちゃんと持ち直してくれました。

でもここ1ヵ月くらい、フリーといえども仕事で家を出ていることが

多くなり家で御飯を作ることが少なくなると

さすがに毎日の糠漬けをまぜるということが出来なくなってきたのです。

頭の中では「あっ、今日混ぜてない」ってわかっているのに

体が動かない。そして一週間、この暑さです。

カビが生えているのを発見した時に、きれいに上のカビをとって

再生することもできたとは思います。でも、あえてしませんでした。

今の私には糠漬けを漬ける度量というか、力量というものが

足りないと思ったからです。毎日、毎日、愛情を込めて

糠床を混ぜる。単純なことだけれど、単純だからこそ難しいこと。

人間時々強がりや背伸びはできますが、毎日背伸びをしていると

疲れてしまいます。だからやめました。

でも、うまーく漬かった蕪やセロリのあの味は

きっと一生忘れないと思います。

いつか糠床と毎日楽しく向き合えるようになるまで、

その楽しみはとっておくことにします。

魅惑のパウンドケーキ

小学生の頃「いつか家がケーキ屋さんになればいいのに」と思っていました。

母がよくお菓子を作ってくれていたので、家の一階を半分ケーキ屋にしたら

いつでも好きなお菓子を選んで食べられるのにという

いかにも子供が考えそうな夢。

スポンジケーキはもちろん、レアチーズケーキやアップルパイ、

クレープもよく一緒に作ったし、クッキーもよく作ってくれたものです。

短大一年生の時、先生が引率してくれるツアーでネパールに

一週間くらい行きました。

行く前に母が「これなら腐らないからと」何気なくパウンドケーキを

2本持たせてくれたのです。パウンドケーキって出来てから

ブランデーやラム酒をしみこませるので持ちがいいんです。

もちろん嬉しかったのですが、かなりの重み・・・。

カトマンズにいたのは少しだけで、後はトレッキングの日々でした。

リュックを背負ってただ歩くしか目的地にむかう道なし。

父は山岳部出身ですが、私は貧血持ちだったので小学校の頃から

遠足で山登りに行く度に倒れ、荷物はいつもみんなに持ってもらうという

情けないことばかり。それなのにネパールでトレッキングです。

リュックに入ったケーキの重みは身体にのしかかります。

慣れない山登りで高山病になるは熱は出すはお腹は壊すは、

私だけではなくて20数名の女性みんな大変な騒ぎです。

でも私、お腹だけは壊すことなく、どんな料理でも美味しく食べていました。

そして何日目かの山の上。引率してくれた旅行会社のおじさんの

誕生日だったのです。なんと食事係のネパール人の人がケーキまで

焼いてくれて、ささやかなパーティをしたんです。

でもとても美味しいとは言えなかった・・・。その時、私のリュックの中の

パウンドケーキのことを思い出したわけです。

食事の後に、そっとそのおじさんと引率の先生に1本ケーキを届け、

あとの1本をみんなで小さく切って食べました。

そのケーキの美味しかったこと!味噌汁でもないのに

日本を思い出すというか。甘みというものを味わうのが

朝飲む甘いミルクティだけなので、砂糖の味ってこんなに人を

和ませるもの、疲れを癒すものだったのかと実感したのです。

生地の合間に埋っているドライフルーツの美味なこと!

その記憶があるからか、今でもパウンドケーキを作るのが好きで

ちょっとしたプレゼントやお土産、来日取材の差し入れなどに

持って行ったりしています。

自分も食べてホッとするし、周りの人の疲れも癒せる気がするのが

とってもいい。特に来日取材なんかで忙しく働いて疲れたゲストや

通訳さんが喜んでくれると嬉しくなってしまいます。

ちょいと一服

仕事をするようになってから、かれこれ14年くらいたちました。

ストレスを結構ためるタイプなので、お酒をあびるように飲んでみたり、

御飯が食べられなくなって7キロ体重がおちたり、実家住まいの時は

家族5人に同じ愚痴をいうのでうっとおしく思われたり、

煙草を灰皿が山盛りになるくらい吸ってみたりと

かなり最悪だったなと今になってみると思ったりします。

(その頃は必死だったので気づかなかったけれど)

でも一人暮らしを始めてからは自分で解決しなければなりません。

疲れきって寝ちゃって、お風呂のお湯があふれて下の階の人と

険悪な状況になったりもしました・・・。

でも今の家に引っ越してから、中国茶に出合ってこれが変わったのです。

前からお茶を飲むことは好きで世界のいろんなお茶を飲んでいましたが、

ある日友人に誘われていった中国茶教室でお茶を飲む楽しさを知りました。

中国茶の薀蓄もかじりましたが、そういうことではなくて

一服しようという余裕というのか、そういうものを知ったわけです。

すごーく疲れて帰ってきて昔だったら化粧落としてシャワーをあびて

とにかく寝ていたけれど、中国茶でも紅茶でも、ハーブティーでも

日本茶でも、その時飲みたいお茶を入れて一息つく。

寝るのはその後からでいいんです。

足がつりそうでしびれている時はあったかい中国茶を

どうしても眠れない時はレモンミントティーなどなど。

それからというもの、ストレスも軽減して便通もよくなり

お酒の量もかなり減りました。何よりも心に余裕ができたのが嬉しいかも。

家にみんなが御飯を食べに来た時なんて「今日はなんのお茶にしようか」

なんて迷うのも喜びであります。

なんにもしなくていい休日の昼間、自分だけのために入れる

お茶ってのもいいものです。

今思うと、お茶に出合わなければ私ったらかなりすさんでいたはず。

あー、よかったな。

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